「立憲君主制を守るツールとしての内奏」

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今回は後藤致人『内奏――天皇と政治の近現代』(中公新書)をご紹介します。

臣下が天皇に対して申し述べる行為を総 称して「奏」という。
この IISIA マンスリー・レポートの読者 の方々は基本的に(当然)“一般国民”であることを前提としているので、いきなり「奏」と言われても何のことか分からないかもしれない。しかも天皇は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴である」とされている(日本国憲法第1条)。そして「天皇は、この憲法に定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と定められ(同第4条)、いわゆる「国事行為」が具体的な形で定められている(同第6条および7条)。そのどこを見ても、「臣下から申し述べるという意味での“奏”を求めること」などとは定められていないのである。
しかし、事実の問題として「奏」は現在においても頻繁に行われている。この秘められた事実を公文書や歴史文書を駆使して 検証した労作が後藤致人による本著『内奏――天皇と政治の近現代』(中公新書)である。後藤致人はいう :

「内奏は前近代以来使われてきた言葉であるが、近代以降もさまざまな資料に多く登場し、戦後も続いている。高度成長期に首相であった佐藤栄作の日記にも数多く記述されている。内奏という用語は21世紀に入っても登場し、小泉純一郎内閣のとき、 田中眞起子外相が内奏の内容を漏らしたということが問題となった。・・・(中略)・・・ いずれにせよ、臣下が天皇に対して申し述べる多様な用語は、近代天皇制国家とどのような関係があったのだろうか。上奏という言葉を避けて、戦前との違いに腐心する戦後体制にあって、内奏という用語が残るのはなぜなのだろうか。上奏、内奏、密奏、奏上という用語を通して、天皇と政治の関係、近現代日本の姿を追う」

ここで一つ説明しておかなければならないことがある。戦前、天皇の裁可を求める法律・勅令案を天皇に送る時、「上奏」と表現していた 。つまり天皇が統治行為を行う前提として行われていたのが「上奏」だったわけである。しかし既に述べたとおり、戦後に制定された日本国憲法において天皇は「国政に関する権能を有しない」(同第4条)とされたのであって、当然それはいわゆる統治行為にまつわる権限の一切を持たないことを意味していた。そのため、統治行為の前提として戦前は行われてきた「上奏」は戦後になって一切行われていないかのような体裁が徹底してとられるようになったのである。その代わりに頻用され始めたのが「内奏」という単語だったというわけなのだ。

さて後藤致人の手によるこの労作が注目に値するのは、詳細はともあれ宮内庁ですらそれが行われている事実を認め、公表している「内奏」 の軌跡を追う中で、歴代の政権担当者(内閣総理大臣)と天皇、ひいては皇室制度そのものにまつわる状況を活写していることである。たとえば中曽根康弘は、元来、「昭和天皇退位論者」であったが、科学技術庁長官就任(1959 年)を皮切りに、閣僚経験を増すたびに、昭和天皇と身近に触れることとなり、そうした考え方を改めていったのだという 。つまり「歴代内閣のなかでも積極的に内奏を行った」ことを通じて 、中曽根康弘の考え方は180度転換していったわけなのである。 昭和天皇との「距離感」が最も縮められたのは佐藤栄作であったというが 、その後も歴代の内閣総理大臣にとって天皇に直接申し述べる「内奏」は特別な意味合いをもった事実行為として認識され続けていく。そのことは1990年代前半に内閣総理大臣 の座にあった宮沢喜一についてもあてはまると後藤致人はいう :

「『毎日新聞』(1993年7月30日付)に は、当時宮沢首相に番記者が内奏について質問した記事がある。それに対して宮沢首相は、「内奏のことは申し上げません」と顔色を真っ赤にしてにらみつけたという。官邸を出る際も乗りかけた車をおりて「それは聞くほうがいけません」と繰り返したという。内奏・御下問を漏らすことがタブーであることは、宮沢首相のなかで明確に存在した」

その後、時代は下るにつれ、こうした意識は明らかに薄まっていく(「天皇に特別な思いを持たない政治家が増えたことは事実である」 )。その典型が田中眞紀子衆議院議員(当時)をして「変人」と言わせしめた小泉純一郎であったと後藤致人はいう 。とりわけ「官僚支配の打破」を掲げる小泉純一郎の謳う「首相公選制」は大統領制に等しいものであり、小泉本人は「国民が選んだ者を天皇陛下が任命するという形をとれば、現行の天皇制ともなんら矛盾することはない」としたものの、たとえば小沢一郎はこれを大統領制に等しいとした上でその「導入には天皇制の廃止が必要で、そこまでしてあえて導入する意味はない」と断じたのだという 。何かと政治メディアの場では“剛腕”として語られることの多い小沢一郎・民主党幹事長が持つもう一つの顔として大変興味深い。

さて、このように戦後政治をけん引した歴代の内閣総理大臣たち、あるいは閣僚たちと天皇との関係を描いた後、後藤致人は現在でも内奏が続けられているという事実を確認し、「内奏が今日定着したことを意味しているのかもしれない」とした上で次のように述べている :

「日本が近代化する過程で、天皇は権力・権威の両面で大きな役割があった。一方で、現在大きく社会が変容しようとしている。天皇の権威が国家・社会再編の原動力になるとは思えない。しかし、天皇が社会と無関係なまま存在し続けるのかといえば、それも疑問が残る。天皇の存在をないがしろにする政治家が現れると、世間は非常に反発するのである。内奏・御下問を漏洩した政治家を非難するのも、これと同じ感情であろう」

本著に見られる後藤致人の研究姿勢は文字通り真摯なものであり、精緻なものである。しかし上記の引用部分には大いなる疑問を私としては覚えざるを得ない。なぜなら、現在でも営々と続けられている「内奏」という現実を前にして後藤致人は、日本国憲法によって表向き作られ、維持されてきた構造にだけ拘泥するあまり、その背後にありつつ同時に本質でもある皇室制度の持つ「家産制国家(Patrimonialmonarchie)」としての歴史的な性格を顧慮していないからである。
家産制国家とは平たく言えば、領主(王)の有する「土地」とその上に住む「領民」の両者に対し、領主(王)は絶対的な所有権を持つことを法的に前提とするものである。現代国家でいう三権(立法権、行政権、司法権)はいずれも対領民という意味での絶対的な“所有権”に由来するものなのであり、これがやがて統治権と観念され、立憲君主制では多くの場合、民主的な契機(すなわち統治される側であったはずの「領民=国民」による選挙)へとそれが連動されるに至ったに過ぎない。「国王は君臨すれど、統治はせず(“The King reigns, but does not govern.”)」というのはその趣旨を述べたものである。
しかし、仔細に見るとここに大きな論点が横たわっている。領主(王)はそもそも「土地」と「領民」を財産そのものとしてではなく、付加価値を生むからこそ“所有”していたに過ぎないのである。そしてこのようにして創られた付加価値は俗にいう「財宝」=「資産」として保蔵されてきたのであった。家産制国家の長たる領主(王)はその意味で常に「資産運用者」でもあるのだ。

ひるがえって日本における天皇制を考えてみる。日本国憲法は「すべて皇室財産は、国に属する」(同第88条)とした上で、「皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない」(同第8条) と定めている。その限りにおいて現在の皇室にとって、戦前までは当然想定された「資産運用者」としての性格は全くあり得ないかのようにも見える。なぜならばこれらの条文に基づく限り、天皇であっても自らの自由意思でその財産を処分することは出来ないかのように見えるからだ。しかし関連法令を仔細に見ると、皇室経済法に次のような一文があることに気付く :

「第二条 左の各号の一に該当する場合においては、その度ごとに国会の議決を経なくても、皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が財産を譲り受け、若しくは賜与することができる。 一 相当の対価による売買等通常の私的経済行為に係る場合」

日本国憲法が上述の第8条のような規定を定める点について、通説は「皇室に再び大きな財産が集中したり、皇室が特定の個人ないし団体と特別の関係を結び不当な支配力をもつことになるのを防止することを目的とする」ものと解している 。しかし金融資本主義における“現実”と照らし合わせた場合、こうした憲法条項はある意味滑稽なものと言わざるを得ないかもしれない。なぜなら、皇室経済法第2条1項に基づけば、「相当の対価」を支払うことで「私的経済行為」として行われる限り、皇室といえども当然に資産運用を行うことが可能であるからだ。つまり、「相当の対価」を支払った結果としてそこで購入された金融商品がマーケットにおいて高騰し、資産としての価値が増えたとしても、これを制限する法 規定は現行法令上見当たらないのである。
しかも、こうした行為は純然たる「私的経済行為」として整理されるべきものであって、日本国憲法が明示的に定める「国事行為」に該当したり、あるいはそれが禁止する「国政の権能」に関連する行為では全くない。これをもって「法の欠缺(けんけつ)」と呼び、どのように評価するかは論者の立場によって分かれるであろうが、しかし事実の問題として可能なことではあるのだ。

芦部信喜『憲法』岩波書店 第50頁参照

そして多くの人々が資産運用を行う際、“賢者”からのアドヴァイスを求めるように、「家産制国家」の“中心”もまた同様にアドヴァイスを受けて然るべきなのである。このことがいかに世界中の王族たちの間で切実な問題であるのかは、たとえばリーマン・ショック(2008 年9月)当時、英国王室が邦貨換算で約65億円もの損害を被ったことからも明らかであろう。
以上を踏まえて考えてみると、いわゆる「内奏」を巡る研究に際しても、金融資本主義という“視点”が不可欠であり、そこから眺めた場合、これまでの研究成果とは全く異なる事実が浮かび上がってくるように私は思う。しかし、そうではあってもまずは従来の“視点”から見た研究による成果を学ぶことが不可欠ではないだろうか。 その意味で後藤致人の手によるこの労作は実に一読に値する著作なのである。